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小倉美春 作曲「環」三台のピアノの曲 録音

録音/MIX

ポスター
<作曲>
小倉美春
<曲>
「環」
<演奏>
小倉美春
廻 由美子
大瀧拓哉
会場:B-tech Japan リハーサルスタジオ

資料

仕込み図 仕込み図

解説

概要

 いつも呼んでくれてる小倉美春ちゃんが学生時代に作った三台のピアノのための曲「環」をピアノ3台による演奏を録音して欲しい、とのこと。かるく「いいよ」なんていったもんだからさあ大変。
 みなさん、ベーゼンドルファーというピアノメーカーはご存知ですか?響きをよくするために弾かない鍵盤があるというなんだか素晴らしいピアノを作っているピアノメーカーです(詳しくはありません)。お値段1台3000万円から、という超高級ピアノです。それを日本法人であるB-techさんのスタジオでの3台同時に演奏です。
 つまり、軽く見積もって「いちおくえん」ぐらいのピアノでの録音。もうね、実感湧きませんよね。そもそもこの仕事僕じゃないよね、絶対。ちゃんとした音響さんに頼んだ方がよくない?って言い続けたんですが、残念ながら受け入れられてもらえず、当日を迎えてしまいました。どうしてこうなった
当日は美春さんに加え、廻由美子先生、大瀧拓哉さんが優しくしていただいたので、心が折れることなく録音することができました。本当にありがたいことです。素晴らしい演奏でした。
ただわからないなりに参加しましたが、一つ言えるのは参加できて良い時間を過ごせました。
ミックスについても美春さんと一緒に行いました。基本的なところを僕がつくり、細かいところの調整を指示を出してもらい作業を進めましした。作曲家と作業を進めると細かいところの作業ができて、結果として良いミックスになったと思います。
最後にもう一度。どうしてこうなった

プラン

全体図1

リハ中の様子。
和やかに進みました

全体図2

ピアノ1のマイキング

写真3

ピアノ2のマイキング

写真4

ピアノ3のマイキング

写真5

ピアノ2の後ろに置いたバイノーラルマイク

 今回は素晴らしいピアノが準備されていまして、基本的にそのまま良い形で録音することを目的にしました。
ピアノが3台並んでの同時録音でしたので、ピアノ一つにつき
○ハンマー狙いマイク L,R(クリップマイク)
○ホール狙いマイク L,R(ペンシルマイク)
◯ローの響き狙いマイク mono(ラージダイヤフラム)
をセットしました。
 ホール狙いのマイクの音をメインに、クリップマイクでフォローで立てています。ペンシルマイクはKM184とNT5です。ペンシルマイクではピアノのホールからの音とボディの響きの良いところを狙いました。ピアノも演奏も素晴らしいのでこれだけでも良い音で録れますが、三台が一緒に同じ部屋で弾くとさすがに回り込みが起きます。ほかのピアノが強い音を弾いているときに弾く小さな音を拾えるよう、DPA4099をステレオでセットしました。アタックの強い音や小さい音をミックス時にちょっと強めにできると良い形になるのではないかと思いました。
 また、ローの響きを取るためにラージダイヤフラムを低音が響くところにそれぞれセットしています。EQで大きくするのではなく、ロー成分を録音して足してあげる方が良い音になる気がしています。最近美春さんのコンサートで試したらやはり全然違って、ここ最近はかならずセットしています(ちなみに、PAするときは表には出していません。)
 これは全てのマイクに言えることですが、奏者に弾いてもらって、良いところを聴きながらよいところを探してセットしています。ですので、それぞれのピアノでセットする場所が変わっています。一台のピアノで重ね録りするのとはちがい、演奏者の担当や演奏でそれぞれのピアノの使い方も変わってくるので試行錯誤しながら場所を選んで行きました。弾いてもらいながらピアノに頭を突っ込んだりして試していました。邪魔でしょうが、皆さん許してくれました。
 スタジオはそこまで広い空間ではなかったのですが、防音も素晴らしく、部屋の鳴りも綺麗でしたのでとっておこうと思いました。アンビエンスマイクとしてガンマイクを2本立てています。これは僕がいつも使っているAT8015です。あくまでアンビエンスですので、ブームスタンドでできる一番高いところあたりからピアノとピアノの隙間ぐらいを狙っています。
 また、今回の演奏は三台のピアノで一緒に弾く曲です。ピアノが3台揃っての演奏なんて中々ありません。こういう時に空間ごと録音できたら・・・そうだ!バイノーラル録音があるじゃないか!ということで、バイノーラルマイクをお借りして録音しました。バイノーラル録音というのは、人形を置いて、耳のところにマイクを仕込んで録音すれば、録音した音=耳が直接聞く音になってまるでそこにいるような音になるんじゃないか?という録音方法です。声優さんがダミーヘッドに向かってささやくCDとかいっぱい出てますが、歴史を紐解いていくとオペラとかをまるでその場所で歌っているように聴けるものでした。ということで、今回もバイノーラル録音をしておこうと思い、R Microphone OfficeさんにFree Space XLRをお借りしました。こちらは人形の形をしておらず、耳の形をしている箱にマイクが入っているタイプです。
 最初にピアノのボディ側、奏者と逆のほうに置いてみました(仕込み図参照)。すると、あまりに音が綺麗すぎてバイノーラルっぽくないというか、なんだか面白くない音になりました。そこで、真ん中のピアノの奏者の後ろに設置してきいてみると、非常に空間がわかりやすい音になりました。音だけ聴けば前者のほうが非常にドライで、音源の位置もわかりやすかったのですが、これだったらミックスで再現できるのではないかな、と思ってしまいました。バイノーラル録音で欲しいのは空間ごと録音した音です。今回は真ん中のピアノの後ろに設置することにしました。結果非常に面白い音を録ることができました。サンプル音源をおいておきますので、ぜひヘッドフォンやイヤフォンでお聞きください。

 

ピアノの裏に設置した音源

演者側での音源

 今回はM32Rをメインミキサーにして、I/OボックスのDL153のHAを使いました。本来ですともっと高いHAをつかったりするべきなんでしょうが、15chそろえるとなるとなかなか難しく、今回は断念しました。同様に、すべて96khzで録音も考えたのですが、基本的に今回は配信用の収録ですので48khz24bitでの録音です。後から考えるとちょっともったいないかなと思いますが、当時揃えられる機材で考えると最適だったと思います。
 と書いていますが、結構僕としてはこのDL153の音は好きでして。奥行きがある音が録れるのでかなり気に入っています。とくにDPA4099は、フラットに録れるマイクと奥行きのでるHAとの組み合わせでいい感じになり今回も満足しています。かわりに、というわけではないのですが、バイノーラル録音は192khz/24bitでの録音をしています。

以上の形で録音を行いました。

機材ついて

機材について1

M32R。PC2とはUSB接続。
モニターは8010。

機材について2

HAはmaidas DL153。

機材について3

後ろにガンマイクを2本。

機材について4

音源確認中。ミキサーでラフミックスを作ってます。

上記の通り、各ピアノにマイクが5本立っている形です。
ピアノ1:DPA4099×2、NUEMAN KM184×2、AudioTecnica AT8050
ピアノ2:DPA4099×2、NUEMAN KM184×2、StudioProject B3
ピアノ3:DPA 4099×2、RODE NT-5×2、Audiotecnica AT8050
そこにアンビエンスマイクとしてAT8015×2を立てています。

 I/OはピアノのマイクについてはMidas DL153を使用しています。上記していますが、高音がよく伸び、また中低音あたりは奥行きが出るいいHAです。これにAES50まで積んでこの価格とは恐ろしいものです。
アンビエンスマイクのほうはM32RのHAをつかいました。M32RのHAもMaidasのHAで良い音で録音することができます。
 M32RはMaidasのデジタルミキサーで、オプションカードを使用することで32IN32OutのUSBインターフェイスとしてPCとやり取りすることができます。この機能を使い、上記のピアノ、アンビエンス、またバイノーラルマイクのバックアップを録音しています。またこのオプションカードはSDメモリーカードに最大32chマルチトラックファイルを録音することができるので、バックアップとしてSDメモリーカードを回しています。さらにUSBメモリーに2chを録音もできます。が、これについては、ここ何度か試してみてUSB接続&SDメモリーカード録音と同時にやると2時間に1度ぐらいエラーがでるので、一応回しているぐらいです(今回は15分ぐらいでしたので、問題なく録音できていました)
 バイノーラル録音について。マイクとしてFree Space XLRを使用しています。小さいですが、バイノーラル効果が高い良いマイクでした。一台欲しい。。。。一年に一回ぐらいしか使わなそうですけども(笑) バイノーラルマイクのHA/Audio I/OとしてSSLのSSL 2を使用しています。2in2Outのインターフェイスですね。低価格ですがよいHAで、きれいに録音できます。こちらは192Khz/24bitで録音し、ダイレクトアウトをOutから出してM32Rに入れてバックアップとして回しています。
 DAWはAdobe AuditionCCを使用。日本ではあまり人気ありませんが、なかなか使いやすいDAWです。バイノーラル録音の方も同様にAuditionを使っています。PCはMacBookPro15"(2016)とMacBookPro13"(2020)を使用しています。他のDAWでもよかったのですが、こういう時は一番使い慣れているものを使うのが作業的に一番早いですし、バックアップで2台おなじものを使えるのもメリットでしょうか。(Protoolsは2台アカウント持っていないです)
 現場のモニターとしてgeneric 8010を持っていきました。小さくて良い音がでてくれるモニターです。MSP3もあったのですが、小さい方を選びました。大きさは大事です。実際みんなで録音した音をモニターしたのですが、この時点でプレーヤーたちが良い音だと思えたのはかなり作業に有利に進んだと思っています。 モニターの切り替えなどはミキサーがあると早くていいですね。また、ラフミックスを同時に作っていたのですが、ミキサーのほうが作業が早いですね。ただ、このあたりは慣れや事前準備で変わってくると思います。

MIX

MIXについて1

今回のMixの全体図。一番右は測定ソフトInsight2。

MIXについて2

エディター画面。 

MIXについて3

Ozone9。手前はpf2のImager

MIXについて4

ミキサー画面。EQとPANをなんとなく。

MIXについて5

リバーブ。広めの空間を薄く。

 MIXは後日、美春さんと一緒に行いました。MIXは録音に引き続きAuditionを使用しました。I/OはSSL 2、モニターSPはGeneric8010を引き続き使用しています。
 まずピアノ一つ一つの基本的なミックスを作ります。
 ペンシルマイクとクリップマイク、ローのそれぞれのバランスを決めました。3台それぞれのソロミックスを作り、ピアノの音を決めていきました。具体的にはペンシルマイクで全体の音を決め、そこにアタックのクリップマイクを足してちょうど良いバランスをさぐりました。3人の演奏や曲の中での役割でアタックの強さがかわるので、微妙に違っています。
 また、各マイクをローカット、ハイカット(ロー狙いのマイク)を入れ、そこにハイカットをしたラージダイヤフラムのマイクのロー成分を足して行きました。ピアノの音なのでロー成分のマイクにも40hzあたりローカットを入れています。(今回のモニターではローがそこまで出ないので、出し過ぎないように注意します)ステレオの振り分けはL-Low,R-Hiにしてあります。
 その後3台のピアノの定位を決めました。実際にピアノ1、2、3をL、C(センター)、Rに振り分けました。具体的な数字については編集の画面をご覧ください。1台のピアノの録音だとローマイクはPanを振らないのですが、今回はローのステレオPanを定位しました。
 ざっくりのミックスができた段階で、エアマイクを足していきました。また各ピアノをまとめ、そこにNeutron 3というミキシングソフトを差し込みました。NeutronのEQやコンプなどを使っています。AIアシスタントも便利です。
 その後、細かいボリュームなどを調整して行きます。今回の曲は非常にボリュームレンジが広い曲で、大小の音が重なりますが、録音になると聞こえなくなってしまう部分が出てきます。そこについては不自然にならない範囲で大きくして、レンジをすこしだけ狭めて行きました。
 細かいところのミックスが完成したところで最後にマスタリングソフトのOzone9を差し込みました。Imager(ステレオ幅のモジュレーター)とMastaring機能が簡単に効いてくれるのでお気に入りです。今回はもともと広めの空間を作っていますが、すこしだけimagerで広げています。また、Pf2にもImager単体を差し込み、全体をすこしだけ、低音部分を狭めにモノラルに狭めています。低音の音像を狭くして、リバーブをかけることで奥行きを出すのが目的です。
 全体が完成した後、Symphony3DというリバーブをそれぞれのPfにかけました。Symphonyは僕が好きなリバーブで、音を濁すことなく自然に響いてくれます。個人的にピアノなどによく合うなあと思っています。今回は部屋鳴りがほぼなく、ドライな音が録れているのでそこに少しだけ響きを足しています。一台ごとにかけると、全体にかけるよりも音像がわかりやすく響いてくれます。
 バイノーラル録音の音源については、編集はほぼしておらず、Ozoneでコンプをかけて音量をそろえたぐらいです。本編を楽しんだ人により面白がってもらえる音源になってくれたのではないかなと思ってます。

感想など

 ということで、素敵な曲の録音からミックスまでやってみました。ピアノ単体でもかなりしんどいですが、三台ともなるともはや何が何だかわからない状態でしたが、皆さんに優しく見守っていただき何とか形になりました。以前から話には聞いていたベーゼンドルファーの音を聞くことができて、本当に良い経験になりました。しっかし、ちょっと高級すぎて内心ドキドキでした。。。
  今回はizotopeばかりのプラグインですね。元の音が良いので、マスタリングだけでも十分だったかもしれません。
ピアノの音ってのはホント繊細で難しいですね。今回は本数が多かったので色々あきらめたところもあったのですが、これでHAやらマイクやらを最高峰に!なんてなったら予算がいくらあっても足りる気がしません。でもいい音になるなら。。。いかん沼に陥りそうだ。

  今回の録音では、様々な人に助けていただきました。お礼申し上げます。